更新日:2018年05月18日
名義預金とは、預金契約上の契約者名義は事実に反する名義にすぎず、真実の契約者(預金の帰属者)は別人であると認定される預金のことです。
昔は、親が自分の資金を預金するにあたり、家族名義の通帳を作って預金することがよくありました。「子供に金を渡すと人生を狂わせる。」という親心から、黙って子や孫のために通帳を作り自分で管理したものでした。
銀行もいい加減なものでこれに快く応じました。銀行としても、預金を集めたいし、通帳と届出印を持参する人に払い戻しさえすればクレームはないということで、契約者名義は誰でも良かったのです。おそらく、「うさぎのぺこ」でも契約できたでしょう。(なお、現在は、金融機関における本人確認が厳格に行われるようになりましたから他人名義の通帳は作れません。)
この名義預金、最近の相続税の調査では重要な調査対象になっています。現在は新たに作れなくなった名義預金ですが、相続されるのは今のご時世が多いのです。
相続税の税務調査では、名義預金について次のようなやりとりがなされます。「奥様はどこかで働いておられましたか。」「いえ。嫁いでからは専業主婦です。」「ご実家から相続されたものはありますか。」「いえ。嫁に出た娘はあれこれ言わないのが昔の道理でしたから。」「そうすると、奥様名義の定期預金3000万円は亡くなったご主人様の預金ということになりますね。これは名義預金として相続財産に加えて修正申告してください。」「えっ。」
「ところで、長男さん名義の定期預金が豊川市の銀行にありますね。これは、長男さんが東京で働いている時期に入金されたものです。ご自身で口座を開設されたのですか。」「いや。覚えがないな。」「そうすると、亡くなったお父様の財産以外には考えられませんね。これも名義預金として相続財産に加えてください。」「へっ。」
こうしたやりとりに相続人が納得しないとき、税務署は、相続人の側で名義預金ではない証拠を提出するよう催促します。
名義預金の認定は、民法と税法と訴訟法が絡み合うきわめて錯綜たる解釈適用問題です。これを正確にわかりやすく説明できる法律家はほとんどいません。
裁判例を分析すると、名義預金(預金の帰属者)は、①出捐者、②通帳・届出印の管理状況、③贈与の有無等を総合考慮して認定していることがわかります。①出資者は通常自分の財産にするつもりであること、②自分の預金だと考えている人間が通帳・届出印を管理するはずであることから、出捐者・通帳等の管理者を真実の預金契約当事者(申込の意思表示者)と推認し、③相続時までに名義人に贈与された事実があるかないかを考慮して、相続開始時点での預金の帰属者を認定する、というのが裁判所の考え方であろうと思われます。
かつての銀行側の承諾の意思表示は「誰でもいい」という包括的な意思表示なので認定する必要はないようです。
そして、最も重要なことは、相続税法の条文構造上、預金の帰属者の証明責任は税務署にあると解されることです。
あるとき、相続税の税務調査が入り、税務署から、5千万円もの名義預金を相続財産に加えるよう要求されました。
税務調査の場で、相続人が「仕方ないですね。」と答えたのを私は止めました。
「まって。名義預金の認定は、出捐者、通帳・届出印の管理状況、贈与の有無等の事情を総合考慮して認定するんです。これは税務署が立証責任を負っていて、とくに出捐者の認定はエクセルで推移表を作るなどして裁判所を説得しないといけない。税務署さんもこれから帰って詳しく調査しますよ。で、訴訟に耐えられる資料が作れるようならそのとき対応を決めましょう。」
私はこう言ったものの、税務署が処分してきたら裁判で勝てるかどうか確信が持てませんでした。調査後、花村先生に不安を伝えたところ、「三浦君はたしかにそういう慎重なところがあるね。最後は、経験と勘と度胸だよ。これはいけるよ。」と言われました。
その後、税務署と折衝を経て、最終的に名義預金は認定されず追徴を免れました。
専業主婦の妻が夫の給与を受け取り自己名義で預金した場合の預金の帰属は、実は、これまでの名義預金の認定基準では説明が難しいものです。
民法上、金銭は占有の移転と同時に所有権も移転すると解されています。そうすると、夫が金銭を渡した時点で金銭は妻のものになるはずです。そうして、妻が自己名義で預金契約を締結した場合、妻が出資者(真実の契約当事者)であり、預金の帰属者になるのではないかという疑問が残ります。
これは法律家の誰も指摘したことのない問題ですが、考えられる法律構成としては、妻は実は夫の代理人として預金契約を申込んだという構成です(民法100条但書)。自分の稼ぎでない以上妻は夫の代理(民法761条参照)で銀行取引を行ったはずだ。専業主婦が多い時代、銀行も、妻が(内心)夫の代理人として申込みをしていると知ることができたといえるでしょう。だから、妻が夫の名前を出さなくても夫に預金契約の効果は帰属した、という法律構成です。
この法律構成が社会通念上無理があると評価される場合は、相続財産の性質決定を変える必要があると思います。夫が妻に給与を渡したときに黙示の信託契約が成立し、夫は妻に対して信託財産返還請求権(元本帰属権)を有するという法律構成です。この場合、妻名義の預金は妻が契約当事者で何の問題もなく、税務署には、夫の相続財産として、妻に対する信託財産返還請求権という名目で預金額と同額を申告すれば辻褄があいます。もっとも、この構成では、妻に対する強制執行における預金の責任財産性との関係で、預金の帰属自体を妻にしてしまってもいいのかという問題も残ります。
名義預金の法律構成は、契約法、民事執行法及び相続税法の横断的な最適解を検討すべきです。本当に難しい問題ですが、今の時点では、代理人構成が判例法により整合しているのではないかと思います。
名義預金との関係で、「妻名義の預金が夫の預金だとしても夫婦の共有財産ではないのか。半分は妻のものではないか。」という疑問に答えておきます。答えは、NOです。
我が国の民法は夫婦別産制です。婚姻前から有する財産や婚姻中に自己の名で得た財産は一方の単独所有になります。ですから、夫の収入は夫の財産です。専業主婦の内助の功があっても共有財産にはなりません。よく聞く「実質的共有財産」という説明は、離婚のときの財産分与請求権を正当化するためだけの、女性のための嘘の方便にすぎません(相続税法は、配偶者は法定相続分の相続までは免税とすることで、離婚時の財産分与と同じ取り扱いをすでにしています)。
ですから、夫の収入を預かった専業主婦が、家族のためという委託の趣旨に反して金銭を使用すれば刑法上「横領」です(※1)。夫に黙って、真珠を買ったり、茶臼山にスキーに行ったり、株取引をしたりすれば、横領罪ともなりえます(※2)。「でも、夫のためだから」と言えるのは真珠くらいじゃないですか、公子さん。
(※1)刑法上は、民法と異なり、金銭の所有権は占有と同時に移らず委託者に残るという法律構成を採用しています。基本的に、刑法も民法の性質決定を前提にしますが、ここだけは例外的に差異が生じています。
(※2)夫の地位と妻の気性に応じて委託の趣旨(妻のこづかいの程度)も変わるので、横領罪が成立するかは家庭によるでしょう。
名義預金の説明も本稿で最後です。きっと、農協組合員さんの中には、内心不安を抱えている女性もおられることでしょう。「あたしのへそくり、どうすればいいの?」
まず、定期預金は満期まで動きがなく、満期更新を続けていれば何十年前の預金でも出捐者の証明は容易です。諦めてください。
次に、普通預金は動きがあるので、誰の金が入って出たのか、出捐者の証明は容易ではありません。妻にパート収入があれば、皆さんが実際にやっているように、生活費は夫の金を優先的に使ったのだと開き直るのも良いでしょう。
そして、もっと良いのは、「横領することです」(花村一生・・・にしておこう)。度重なる、贅沢品の購入、友達との旅行、孫へのこづかいなど自分の金でなければおよそできない暴れ方をするのが効果的です。「いくらあつかましい私でも、もらった金じゃなければこんなに使わないわよ」と税務署に言い張れるだけの実績(贈与を推認させる事実)をつくることです(笑)。
もちろん、税務署も暇ではありませんので、専業主婦の預金が500万円や1000万円程度であれば、調査自体することはないでしょう。夫の遺産総額との関係で、比較的高額の預金があるときには、調査を心づもりしておいた方が良いでしょう。